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2009年9月12日 (土)

クララ・シューマン愛の協奏曲

Photo クララ・シューマン 愛の協奏曲」をル・シネマで観てきました。もうすぐ公開も終わりだというのに、超満員でした。私のおとなりの年配の男性は全力で咳とくしゃみを映画が始まってから終わるまでなさっていて、こんなにムリをしてまで観なければいけない映画なのか・・・とちょっとびっくりしました。

シューマンはピアニストの妻のコンサートツアーのため旅から旅への生活をしていたが、デュッセルドルフのオーケストラの音楽監督となり、生活も安定、交響曲「ライン」の作曲にも没頭できるようになった。そんなとき、有名作曲家である彼に曲を売り込んできた美しい若者がいた・・・ヨハネス・ブラームス。彼はシューマン宅に身を寄せ、家族同然の生活を送るがシューマンの病状は日々悪化していく。

ただの伝記映画ではありません。ロマンあふれる美しい映画です。「ラフマニノフ ある愛の調べ」の時に感じた「もっと音楽聴かせんかーい!」というフラストレーションはまったく感じられません。有名な曲がバンバンでてきます。ブラームスが歌う「ブラームスの子守唄」まで登場するのにはちょっと笑っちゃいましたよ。

2 美しく、幻想的で、曲もすばらしく、感動的な愛の映画ではあるのですが、その感動を冷めさせる部分もありました。

クララなんですが、余りにもがっしりしていて農婦にしか見えないのです。あのシューマンとブラームスのミューズであったクララ。そのクララの神秘性は一切感じられず、そこにいるのはひたすら現実の生活を生きるひとりの主婦です。音楽に携わるシーンはたくさんありますが、まるで家事をしているように感じられます。

ま、確かに彼女は8人の子供を産み、ピアノで生計を立て、気難しく芸術家の夫をサポートし、まるで与謝野晶子なんですけどね。せめてもっと優雅な髪型にするとかできなかったのかねえ・・・

そしてこれはわがままかもしれませんが、クララ役のマルティナ・ケディックがピアノが弾けないのです。映画の撮影前に4週間特訓をうけたそうですが、ピアノを弾く手があまりにもド素人くさく、演奏シーンでしらけてしまいます。ピアノを弾く役をやる役者が全員ピアノを弾けなければいけないといっているのではありません。「戦場のピアニスト」のエイドリアン・ブロディはキャスティングされてから猛特訓を受けあれだけの演技をできるようになったのです。役者全員がエイドリアン・ブロディになれというわけでもありません。演奏中に手を写すならプロを雇うなりしてそれらしく演技指導するのも監督の役目でしょう?せっかくの美しい映画がだいなしですよ。どうして手はプロの別撮りにしなかったのか、理解できません。

それと、劇中何度もクララの演奏シーンがでてきまして、当然音のほうはプロによる吹き替えなんですが、途中、ピアノの音質がガラっと変わるのです。「あ、今ピアニストが違う人になったな?」と思う程度に違います。ひとりは豊かでドラマティック。ひとりは繊細かつ音が立っていて現代的。オペラの映画化の吹き替えで歌手を2人使うってのはありえないでしょう?わたしの勘違いかなあ?ま、いっか。

さんざん文句言いましたが、それさえなければいい映画なんです、ホントに。ブラームス役の人も保坂尚輝似のイケメンで(・∀・)イイ!シューマン役の人だって素晴らしい・・・あの悲しい目。この世から去り行く自分と、若く美しくこれからの才能に満ち溢れるブラームス、しかしシューマンはブラームスの才能を賛美する文章を寄稿し、ブラームスの助けとなります。この文章もまた美しい。この高雅な芸術家のミューズたるクララとはいったい何者だったのかと、ひたすらため息が出ます。

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