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2008年8月31日 (日)

崖の上のポニョ

Photo マイカル武蔵野ミューで「崖の上のポニョ」を観てきました。

この映画について多くは語りたくない気分になりました。まるでモンスターペアレンツの物語をみているようです。

観ている途中、隣のあかちゃんが泣き出しました。赤ちゃんは泣くものだし子供用の映画(5歳児が対象だと宮崎氏が言っていた)なんでセリフが聞こえなくても別に怒りはしないんですが、なかなか泣き止まない赤ちゃんの口をお母さんが手でふさいだ時は思わず「死ぬよsign02coldsweats02」と仰天。泣き止まない時は外にでましょうよ。

2 この家、床下浸水します。宗介と暮らしたい、ただそれだけのシンプルな欲望のため、ポニョは大惨事を起こしてしまうのです。

子供は責任を取れません。だから親が監督責任を問われるわけですね。ところが、お父さんのフジモトはノータッチ、おかあさんの海の女神もポニョが人間になることにかまけてて、自分の娘がしでかしたことにまったく触れません。

ファンタジーは、現実と乖離していることが面白いのですが、現実が余りにも現実離れしているとファンタジー部分がボケてウソの世界になってしまいます。この割合がすばらしかったのが「トトロ」であり「神隠し」であったわけなんですが、「ポニョ」では大人の余りにも現実離れした行動をおおまじめに描いているため、大人である私たちが物語りに没頭できないのです。「こどもだまし」という言葉がありますが、子供もバカではないので半端な子供だましのものにはだまされない。また「魔」や「パラレルワールド」は子供が住んでいる現実の裏にひょこっと現れるもので、子供はおとぎの国に住んでいるバケモノではないのです。

宗介のお母さんもどうかしてる。一般道を軽自動車に子供を乗せて猛スピードで駆け抜けドリフトしたり、対向車に気を使わず乱暴な運転をしたり、避難勧告を無視し、止める人たちを振り切って浸水した道路に突っ込み、波が飲み込もうとする道路を適当に運転し、挙句の果てにはなんだか大変な事が起こっている状況の中、5歳児を家において出かけてしまう。あんたは良くても子供が死んだらどうすんの?おそろしい親だ。

両方の親がこれなら他の大人もおそろしい。台風みたいな風雨の中、保育園の先生が能天気に「はい、さようなら」と園児を外に出す。となりの建物にお母さんがいるとはいえ、ひとりの大人としてもありえないでしょ。その上この保育園、朝子供を預ける時、子供だけで手ぶらで行きますよ。そして保育園に抜け穴があり、子供が勝手に出入りして海にのまれたりします。この保育園はおそろしい。

ものすごい大水害なのに途中会うボートに乗った大人は妙に楽しそうで、おそろしい。

保育園の隣・お母さんの職場の老人ホームにいるおばあちゃん達もこの世の人ではないようで、おそろしい。

わがままを通すことが美しいとされるこの話がおそろしい。

そう、このお話はおそろしい。「少年と少女、愛と責任、海と生命、これ等初源に属するものをためらわずに描いて、神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである。」と宮崎氏は書いておられるが、観てて不安になる作品ですよ、これ。

途中ポニョのことをフジモトが「ブリュンヒルデ」と読んでいます。ということはこれは「ニーベルングの指輪」を下敷きにしているということ?ようしらんけど。ポニョが宗助とさまよっている時眠ってしまい、魔法が解けて魚の形に戻ってしまうくだりは、神性を奪われ、眠りに落とされたブリュンヒルデがジークフリートのキスで目覚めて結婚するエピソードを引いているのかな?だったら宗介はジークフリートということになるのかな?のちにブリュンヒルデに復讐で殺されちゃうんだよね、ああ、こわい。人魚姫も海の泡になるし、どっちみちやはりおそろしいのね。

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